聞書第二 〇三一七 邪智深き佞人は我が立身の才覺のみ、それを見抜く事は難い 原文 一、佞人に、氣力強く、邪智深き者ある時は、主人をだまし込み、我が立身の才覺のみいたし候。主の氣に入る筋を考へ覺えたる者は、少々にて邪の所見えぬもの也。よくよく見にくき物なればこそ、権現様を彌四郎はだましぬき申し候。斯様の者は、多分新參成上りにあるもの也。譜代大身には稀にある也と。
聞書第二 〇三一七 邪智深き佞人は我が立身の才覺のみ、それを見抜く事は難い 現代語訳 一、心が邪まな人に、気力が強く、邪智深い者が居る時は、主人を騙し込んで、自分の立身の企みだけをやる。主人の気に入る事を考え覚えがある者は、少々の事では邪な所が見えないものだ。よくよく見にくい物だからこそ、権現様を彌四郎は騙しぬいたのだ。この様な者は、多分、新参者で成り上がった者である。譜代大身には稀な事だ、との事。