聞書第一 〇一九八 科人は不憫な者、亡き後には少しなりともよき様に云ひなせ 原文 一、或人、「何某は惜しき者、早死したる。」と申され候。「惜しき者の内にて候。」と答へ申し候。又、「世が末になりて、義理は絶え申し候。」と申され候に付、「窮すれば變ずと申し候へば、追附よくなるべき時節にて候。」と答へ申し候。斯様の越度大事也。中野將監切腹の脇、大木前兵部所にて組中參會に、將監事を様々悪口仕られ候。兵部申し候は、「人の亡き後にて悪口をせぬもの也。殊に科仰付けられ候衆は、不憫の事にて候へば、よき様に少しなりとも云ひなしてこそ侍の義理にて候へ。二十年過ぎ候はば、將監は忠臣と取沙汰有るべし。」と申され候由。誠に老功の申分にて候由。
聞書第一 〇一九八 科人は不憫な者、亡き後には少しなりともよき様に云ひなせ 現代語訳 一、或る人が、「何某は惜しい者だったが、早死にしてしまった。」と言った。「惜しき者のうちの一人だった。」と答えた。また、「世も末になって、義理は絶えてしまった。」と言われたので、「窮すれば変わると言うので、おいおい良くなる時節なのだ。」と答えた。この様な機転は大事だ。中野将監が切腹した場所の脇にある大木前兵部の所での組中参会にて、将監の事について様々に悪口を言われた。兵部は、「人の亡き後で悪口は言わないものだ。特に罪を仰せ付けられた衆は、不憫であり、少しでも良い様に言ってこその侍の義理であろう。二十年過ぎれば、将監は忠臣であったと取りざたされているだろう。」と言ったと事。誠に老功にふさわしい申し分である。