聞書第一 〇一八九 時機を逸するとだるみが出來る、武道は率忽に無二無三に 原文 一、打果すと、はまりたる事ある時、たとへば直に行きては仕果せがたし、遠けれども此の道を廻りて行くべしなんどと思はぬもの也。手延びになりて、心にだるみ出來る故、大かた仕届けず。或人、川上御經の内、渡船にて小姓酒狂にて船頭とからかひ、向へ上りて、小姓刀を抜き候を、船頭竿にて頭を打ち申し候。その時、あたりの船頭共、櫂を提げ駈集り、打ちひしぎ申すべしと仕り候。然るに、主人は知らぬ振りにて通られ候。小姓一人走り歸り、船頭共へ斷りを言ひ、申し宥め連れ歸り候。その晩、右酒狂者の大小を取拂ひ申され候由承り候。まづ船中にて酒狂者を呵り、船頭を宥めざるところ不足也。又無理にても頭を打たれてからは、斷りどころにてなし。斷り言ふ振りにて近寄り、相手の船頭打捨て、酒狂共も打捨つべき所也。主人はふがひなし也。
聞書第一 〇一八九 時機を逸するとだるみが出來る、武道は率忽に無二無三に 現代語訳 一、討ち果たそうと熱中していることがある時、例えば直に行ってはやり遂げるのは難しいので、遠いが回り道をして行こうなどとは思ってはいけない。延び延びになって、心にだるみが出来ため、多くの場合失敗する。ある人が、川上御経へ行く途中、渡し船で小姓達が酒を飲んで騒ぎ、船頭をからかって、向こう岸につくと小姓が刀を抜いたところを、船頭が竿で頭を殴った。その時、辺りの船頭たちが櫂をもって駈け集まって小姓を討ち取ろうとしていた。しかし、小姓の主人は知らん顔で通って行ってしまった。小姓の一人が走って戻ってきて、船頭たちへ謝罪し、言い宥めて刀を抜いた小姓を連れ帰った。その晩、酒に狂った小姓の刀を取り上げたとの旨、承った。まず、船中で酒に狂った小姓を叱り船頭を宥めなかったことが不足である。また、小姓が無理を強いたとは言え、頭を打たれては、謝る所ではない。誤るふりをして近寄り、相手の船頭を切り捨て、酒に狂った小姓も切り捨てるべき所だ。この主人はふがいない。