聞書第一 〇一五二 諫言の意見の仕様は和の道、熟談でなければ用に立たぬ 原文 一、諫言の仕様が第一也。何もかも御揃ひなされ候様にと存じ候て申上げ候へば、御用ひなされず、却って害になる也。御慰みの事などは如何様に遊ばされ候ても苦しからず候。下々安穏に御座候様に、御家中の者御奉公に進み申し候様にと思召され候へば、下より御用に立ち度くと存じ候に付て、御國家治まる儀に候。これは御苦勞になり申す事にてもこれなく候と申上げ候はゞ、御得心遊ばさるべく候。諫言意見は、和の道、熟談にてなければ用に立たず、屹としたる申分などにては當り合ひになりて、安き事も直らぬもの也。
聞書第一 〇一五二 諫言の意見の仕様は和の道、熟談でなければ用に立たぬ 現代語訳 一、諫言はやり方が第一だ。何もかも御揃いなさるようにと思って申上げれば、聞き入れられず、かえって害になる。御慰みなどは、どの様にしても苦しくはない。下々が安寧となる様に、御家中の者、御奉公に積極的になれるようにと思し召されれば、下の者から御用に立ちたいと思う様になるので、国家が治まるということだ。これは御苦労をかける事でもないと申上げれば、ご納得いただけるであろう。諫言意見は、和の道であり、熟談をしなければ役に立たない。厳しい申し分などはぶつかり合いになって、簡単な事も治らなくなってしまうものだ。