聞書第一 〇一一二 追腹御停止は残念、御慈悲過ぎては奉公人の爲にならぬ 原文 一、追腹御停止になりてより、殿の御味方する御家來なき也。幼少にも家督相立てられ候に付て奉公に勵みなし。小々姓相止み候に付て、侍の風俗あしくなりたり。餘り御慈悲過ぎ候て、奉公人の爲にならず候。今からにても、小々姓は仰付けられたき事也。十五、六にて前髪取り候故、引嗜む事を知らず、呑喰ひ、わる雜談ばかりにて、禁忌の詞、風俗の吟味もせず、隙をもつて徒ら事に染入り、能き奉公人出來ざる也。小々姓勤め候ひし者、幼小の時より諸役見習ひ、御用に立つべし。副島八右衛門四十二歳、鍋島勘兵衛四十歳にて元服也。
聞書第一 〇一一二 追腹御停止は残念、御慈悲過ぎては奉公人の爲にならぬ 現代語訳 一、殉死が禁止になってから、殿の味方をする家来がいなくなった。幼少でも家督を継ぐ事が出来るので奉公に励まない。小々姓を廃止したので、侍の風俗が悪くなってしまった。あまりにお慈悲が深すぎて、かえって奉公人の為にならない。今からでも、小々姓を再開していただきたい。十五、六でも前髪を取るので、謙虚になる事を知らず、吞み喰い、悪い雑談ばかりをして、禁忌の言葉や、風俗の吟味もせず、隙を見ては悪戯に染まり、良い奉公人が出来てこない。小々姓を勤めていた者は、幼少の時から、諸役を見習って、役に立つだろう。副島八右衛門は四十二歳、鍋島勘兵衛は四十歳にて元服した。