聞書第一 〇一〇七 山本常朝、利發の顔附を直す爲一年間引籠り、常に鏡を見て直す 原文 一、風體の修業は、不斷鏡を見て直たるがよし。十三歳の時、髪を御立てさせなされ候に付て、一年計り引入り居り候。一門共兼々申し候は、「利發なる面にて候間、頓て仕損じ申すべく候。殿様別けて御嫌ひなさるゝが、利發めき候者にて候。」と申し候に付て、この節顔附仕直し申すべしと存じ立ち、不斷鏡にて仕直し、一年過ぎて出で候へば、虚勞下地と皆申し候。これが奉公の基かと存じ候。利發を面に出す者は、諸人請取り申さず候。ゆりすわりて、しかとしたる所なくては、風體宜しからざるなり。やうやうしく、にがみありて、調子靜なるがよし。
聞書第一 〇一〇七 山本常朝、利發の顔附を直す爲一年間引籠り、常に鏡を見て直す 現代語訳 一、風体の修業は、普段鏡を見て直すのが良い。十三歳の時、髪を立てなさるに付き、一年間引籠った。一門の者は兼ねてから言っていたのは、「利発そうな顔なので、やがて失敗するだろう。殿様が特に御嫌いになるのが、利発そうな者だ。」と言うので、これを機に顔付きを直そうと思い立ち、普段からかが見て直し、一年過ぎて外に出たところ、披露し病気でもしたのかと皆に言われた。これが奉公の基かと感じた。利発な事を顔に出す者は、皆受け入れない。ゆり据わって、しっかりとした所が無くては、風体が良くない。ゆっくりと、苦みがあって、静かな調子なのが良い。