聞書第一 〇〇八七 無實の切腹仰付けられても、一人勇み進むこそ御譜代の家來 原文 一、何某事數年の精勤にて、我人一廉御褒美仰付けらるべしと存じ居り候處、御用手紙參り、諸人前方より祝儀を述べ候。然る處、役米加増仰付けられ候に付て、皆人案外の儀と存じ候。然れども仰付けの事に候故悦び申し候へば、何某以っての外貌振り悪しく、「面目無き仕合せに御座候。畢竟御用に相立たざる者に候故、斯くの如き行掛り、是非御斷り申し候て引取り申すべし。」などと申し候を、入魂の衆色々申し宥め候て、相勤め申し候。これ偏へに奉公の覺悟これなく、唯我が身自慢の故にて候。御褒美の事は扨置き、侍を足輕に召成され、何の料も是なきを切腹仰付けられ候時、一入勇み進み候こそ御譜代の御家來にて候。面目無きなどと申すは、皆私にて候。此所にて篤と落着くべき事也。但し曲者の一通りは別にあるべき事也。
聞書第一 〇〇八七 無實の切腹仰付けられても、一人勇み進むこそ御譜代の家來 現代語訳 一、何某数年前に真面目に仕事に励んでいたので、自他ともに一廉のご褒美を仰せ付けられると思っていた所、御用手紙がきたので、皆で早くも祝儀を述べた。ところが、役米の増加を仰せ付けられただけだったので誰もが意外に思った。それでも仰せ付けられた事なので喜んでいた所、何某はひどく悪い顔つきになって、「面目ない事だ。結局は御用に立たない者であるから、この様な事になってしまい、是非にお役を断って引退する。」などと言うのを、親しい衆が色々言って宥めて、勤めを続けた。これは偏に奉公の覚悟が無く、ただわが身の自慢をしているからだ。ご褒美の事はさて置き、侍を足軽に召しなされても、何の罪も無いのに切腹を仰せ付けられても、ひとしお勇み進んでこそ御譜代の御家来である。面目なきなどと言うのは、皆、私事だ。ここは、とくと落ち着くべきところだ。ただし、剛の者のやり方は、別にある。