聞書第一 〇〇八五 子の育て様、幼な子はだまさず怖氣附かせず強く叱らずに 原文 一、武士の子供は育て様あるべき事也。先づ幼稚の時より勇氣の勧め、仮初にもおどし、だます事などあるまじく候。幼少の時にても臆病氣これ有るは、一生の疵也。親々不覺にして、雷鳴の時もおぢ氣を附け、暗がりなどには參らぬ様に仕なし、泣き止ますべきとて、おそろしがる事などを、申聞かせ候は不覺の事也。又幼少にて強く叱り候へば、入氣になる也。又悪癖染み入らぬ様にすべし。染み入りてよりは、意見しても直らぬ也。物言ひ禮儀など、そろそろと氣を附けさせ、欲儀など知らざる様に、其の外育て様にて、大體の生附きならば、よくなるべし。又女夫仲悪しき者の子は不孝なる由、尤もの事也。鳥獸さへ生れ落ちてより、見馴れ、聞馴るゝ事に移るもの也。又母親愚にして、父子仲悪しくなる事あり。母親は何のわけもなく子を愛し、父親意見すれば子の贔屓をし、子と一味するゆゑ、其の子は父に不和になる也。女の淺ましき心にて、行末を頼みて、子と一味すると見えたり。
聞書第一 〇〇八五 子の育て様、幼な子はだまさず怖氣附かせず強く叱らずに 現代語訳 一、武士の子供は育て方がある。まず、幼稚の時から勇気を薦め、かりそめにも脅したり、騙す事などあってはならない。幼少の時も、臆病であるのは、一生の疵である。親たちが不覚にも、雷鳴に怖気づかせたり、暗がりなどには行かないようにさせたり、泣き止まそうとして、怖がらせる様な事を話して聞かせたりしてはいけない。また、幼少にして強く叱れば、内気になる。また、悪い癖が染み付かないようにするべきだ。染み付いてからでは、意見しても直らない。物言いや礼儀など、そろそろと気を付けさせて、欲などは知らせない様に、その他は方で、大体の生まれつきならば、良くなるだろう。また、夫婦仲が悪い者の子は不孝になるとの事。もっともな事だ。鳥獣でさえ生れ落ちてから、見慣れ、聞き慣れた様になっていく。また母親が愚かで、父子仲が悪くなる事がある。母親は何の理由もなく子を愛し、父親意見すれば子の贔屓をし、子と一味になるので、その子は父と不和になる。女の浅ましき心で行く末を頼って、子と一味となると見える。