聞書第一 〇〇六四 石田一鼎の教訓「人のよき事計りを選び立てゝ手本にせよ」 原文 一、一鼎の話に、よき手本を似せて精を出し習へば、悪筆も大體の手跡に成る也。奉公人もよき奉公人を手本にしたらば、大體には成るべし。今時よき奉公人の手本がなき也。夫れゆゑ、手本作りて習ひたるがよし。作り様は、時宜作法一通りは何某、勇氣は何某、物言ひは何某、身持正しき何某、律儀なる事は何某、つゝ切つて胸早く据わる事は何某と、諸人の中にて第一よき所、一事宛持ちたる人の其のよき事計りを選び立つれば、手本が出來る也。萬づの藝能も師匠のよき所は及ばず、悪しき曲に弟子は請取りて似するもの計りにて、何の役にも立たざる也。時宜よき者に不律儀なる者あり。これを似するに多分時宜は差し置きて、不律儀に似する計り也。よき所に心附けば、何事もよき手本師匠となる事に候由。
聞書第一 〇〇六四 石田一鼎の教訓「人のよき事計りを選び立てゝ手本にせよ」 現代語訳 一、一鼎の話に、良き手本に似せて精を出して習えば、悪筆もそこそこの筆跡になる。奉公人も良き奉公人を手本にすれば、そこそこにはなる。今時よき奉公人の手本がない。それゆえ、手本を作って習うが良い。作り方は、時宜、作法は一通り何某、勇気は何某、物言いは何某、身持が良いのは何某、律儀なのは何某、何か起こっても落ち着いているのは何某、皆の中で一番良い所、一事特技がある人の、その良い所ばかりを選び立てれば、手本ができる。あらゆる芸能も、師匠の良いには届かず、悪い癖を弟子が受け取って真似するばかりなので、何の役にも立たない。時宜が良い者の中にも、律儀でない者もいる。これに例えると、時宜は差し置いて、律儀でない所ばかり似せる事だ。良き所に注意を向ければ、何事も良き手本、師匠となるとの事。