聞書第一 〇〇四三 不分際の諫言は却つて不忠、其の人の思附にして言はせよ 原文 一、御縁組のとき、何某一分を申し達し候。此の事、若き衆よく心得置くべき事也。申分は成程聞えたり。さすが也と云ふ者もあるべし。其の身氣味よく思うて、云ふべき事を云うて腹切りても本望と思はるべし。よくよく了簡候へ、何の益にも立たぬ事也。斯様の事を曲者などと思ふは以っての外なる取違也。先づ申出でたる事其の詮なく、我が身は引き取り、御養育も仕らず追附御死去なざれ候に、御看病も仕らず、残念千萬也。氣過ぎなる人は多分誤る所也。總じて其の位に至らずして諫言するは却つて不忠也。誠の者ならば、我が存寄りたる事を似合ひたる人に潜かに内談して、其の人の思寄にさせて云へば、其の事調はる也。これ忠節也。若し、内談に其の人請合はずば、又外の人にも内談し、兎角色々心遣をして、其の事さへ調はる様にすれば、我が身は大忠節も知れぬ様にして居るもの也。幾人に内談しても、埒明かざる時は力及ばず、其の分にて打過ぎ、又は起こし立て起こし立てすれば、多分叶ふもの也。我こそ曲者と云はるゝ名聞計りにて、我が手柄にする故調はらざる也。申出でたる事益には立たず、人に難ぜられ、我が身を崩したる人數多これある也。畢竟眞の志なき故也。我が身を一向に捨て、主君の上どうなりとも好き様にとさへ思へば、紛るゝ事はこれなく候也。
聞書第一 〇〇四三 不分際の諫言は却つて不忠、其の人の思附にして言はせよ 現代語訳 一、ご縁組みの時、何某が一分を申し達した。この事、若き衆はよく心得ておくべき事だ。申し分はもっともな事に聞こえる。さすがだと言う者もあるだろう。その身を気分よくおもって、言うべきことを言って腹を切っても本望と思われるだろう。しかしよくよく深く考えなされ、何の役にも立たない事だ。この様な者を腹の座った者だと思うのはもっての外の取り違いである。まず申し出ても仕方の無い事で、自分の身は引かされ、お育てすることも出来ず、その後お亡くなりになられる時に、ご看病申し上げることもできず、残念なことこの上ない。真面目過ぎる人は良く誤るところだ。総じてその身分に似合わぬ諫言を行うのはかえって不忠である。誠の者ならば、自分の思う所をにあった身分の方に密かに内談して、その人の思う所に寄せて言えば、その事は調う。これは忠節である。もし、内談にその人が受け合わなければ、また他の人にも内談し、とにかく色々心使いをして、その事さえ調う様にして、自分の大忠節は人の知られない様にして置くものだ。いくら人に内談しても埒が明かない時には力及ばずだが、その時が過ぎて、また繰り返せば、多分に叶う。我こそは強者であると言われる名聞ばかりを、我が手柄にするので事が調わないのだ。申し出たことが役に立たず、人に迷惑をかけ、わが身を崩す人は数多い。結局、真の志がないからだ。わが身をひとえに捨てて、主君の身の上がどうあっても良くなる様にとさえ思っていれば、紛れる事は無い。