聞書第一 〇〇三七 山本常朝出家後の述懐「よくもばけ濟ましたもの」 原文 一、六十、七十まで奉公する人のあるに、四十二にして出家致し、思へば短き在世にて候。それに付有難き事かなと思はるゝ也。その時は、死身に決定して出家になりたり。今思へば、今時まで勤めたらば、さてさていかい苦勞仕るべく候。十四年安樂に暮らし候事、不思議の仕合せ也。それに又、我等を人と思ひて諸人の取持に合ひ候。我が心をよくよく顧み候へば、よくもばけ濟ましたる事に候。諸人の取持勿體なく、罪も有るべきとのみ存じ候事に候。
聞書第一 〇〇三七 山本常朝出家後の述懐「よくもばけ濟ましたもの」 現代語訳 一、六十、七十まで奉公する人がいるのに、四十二にして出家し、思えば短い在世であった。それに付け、有り難いことだと思っている。その時は、死ぬつもりで決意して出家した。今思えば、今時まで勤めていたら、さてさて苦労したことだろう。十四年安楽に暮らしてきたこと、人知を超えた幸せである。それにまた、我等を人と思って皆取り合ってくれている。わが心をよくよく顧みれば、よく化け済ましたことだ。皆の取り持ちもったいなく、罪なことだと感じている。