聞書第一 〇〇二六 損さへすれば相手はない、堪忍してもひけにはならぬ 原文 一、何某屋敷を何某殿より所望に付いて、差出すべき由申し達し。行先をも相談申し候半ばに、用事これなき由に候。それに付、段々不届の趣言ひ募り候に付て、何某殿より断りにて得心、その上にて銀子など得申し候由、話す人あり。さてさて、笑止の仕方也。總じて人よりだまされて負けて居るは、機分なきことと思ふもの也。それは事が違ふ也。たとへ貴人たりとも、一言も云はせぬなどと云ふは別段の事也。これは損得の事也。大根きたなき事也。これを歴々に向かひ、過言など申し候事、無禮慮外と云ふもの也。しまり、銀など取り候へば却つて負け也。以来の支へになるべき也。總じて公事沙汰、言分などと云ふ事は、皆損得の事也。損さへすれば、相手はなきもの也。こればかりは、堪忍してひけにならぬ事也。智がほそきゆゑ見えず。
聞書第一 〇〇二六 損さへすれば相手はない、堪忍してもひけにはならぬ 現代語訳 一、何某の屋敷が何某殿からねだられて、差し出す事になった。引っ越し先を相談ししていた半ばで、白紙に戻ってしまった。これについて、様々に不満を言い募ったので、何某殿からのわびで納得し、その上に銀子を受けとったと、話す人がいた。さてさて、おかしなやり方だ。総じて人からだまされて負けているのは、持ち前の気質に違える事だろうとは思う。しかし、それはは別の話だ。例え貴人であっても、一言言わねば、などと言う事とは別の事だ。これは損得の話である。大本は汚い話だ。これを歴々の方々に向かって、過ちを訴えるなど、無礼で配慮がない。銀などを受け取ってしまえば、かえって負けである。以後の遺恨となるだろう。総じて公けの事として話を大きくしたり、言い分を言ったりするのは、みな損得の話である。損さえすれば、争う相手などいない。こればかりは、堪忍しても、負けにはならない。智が細いのでその事が見えていない。