聞書第一 〇〇二〇 その人の恥にならぬ様に、その場をよき様にするのが侍の仕事 原文 一、御祝言道具の時分、何某殿御申し候は、「琴三絃、其の書附けに相見えず候。これはなくては。」と也。何某申され候は、「琴三絃無用に候。」と。あらゝかに申して差留め候。これは、そと當り申されたる也。翌日申され候は。「御道具になくては事足らぬもの也。極上に二通宛と書附け候へ。」と申され候由話し申す人あり。「さても氣味のよき人かな。」と申し候へば「いやいや夫れがよからぬ所存也。皆我が威勢立ての申し分也。大かた他方者にある事也。上たる人に對して、先づ慮外也。御爲にもならぬ事也。道を知る者ならば、たとへ、いらぬに極まりたるものにても、御尤に存じ奉り候。さりながら、それは追つて吟味仕るべしなどと申して、その人の恥にならぬ様にして、よき様にするこそ侍の仕事にて候。しかも入るべきもの故、翌日は書き加へ申し候物を、當座に貴人に恥をかゝせ、何の詮もなく、きたなく麁相の心入にて候。」と也。
聞書第一 〇〇二〇 その人の恥にならぬ様に、その場をよき様にするのが侍の仕事 現代語訳 一、御祝言道具詮議の時、何某殿が、「琴と三味線がその書き付けに見当たらない。これは無くては。」と申された。また何某は、「琴、三味線は不要である。」と申した。声を荒げて差し止めたのだ。これは、他に聞こえるように言っていた。しかし、翌日、「御道具に無くてはならい物である。極上の二組づつと書き付けなさい。」と話す人がいた。「さても気持ちの良い人だ。」と言うと、「いやいや、それが良くないところだ。皆自分の威勢を立てて言っているだけだ。大方よそ者にありがちな事だ。目上の人に対して、まず配慮が無い。為にならない事である。道を知るものならば、例え不要なことが明白であっても、ごもっともです。しかしながら、それは追って吟味いたします、などと言ってその人の恥にならぬ様にして、良い方向にするのが侍の仕事である。しかも必要な物であるから、翌日に書き加えて、当座の貴人に恥をかかせ、何の効果もなく、きたなく、粗相の考えである。」をおっしゃった。